開催地枠を含めて4チームが出場していた愛媛勢にあって、県王者の松山NORTHベースボールクラブが唯一、3回戦に駒を進めていた。迎えた相手は、優勝候補の船橋フェニックス(東京)。最終的に、2ケタの安打と得点で制した船橋が、初の大会ベスト8入り。森下貴斗選手は2回戦から8打数連続安打で、大野凌駕選手と並ぶ大会3号本塁打も放っている。前半戦は1点差で推移するなど、奮闘した松山ナインにも惜しみのない拍手がおくられた。
(写真&文=大久保克哉)
■3回戦
◇8月10日◇新居浜市営球場
▽第2試合
4回裏二死満塁で四番が仕事
[愛媛]2年連続3回目
松山NORTHベースボールクラブ
10000=1
20053x=10
船橋フェニックス
[東京]2年ぶり3回目
【松】長野、小野、野津手-野津手、長野
【船】小池、岡本-石黒
本塁打/森下(船)
三塁打/石黒(船)
二塁打/阿部(松)、森下、大野、石黒(船)、網谷(松)
【評】いきなりの四球から、三番・阿部暖(5年)の中越え二塁打と暴投で松山が先制したが、船橋がすぐさま逆転する。1回裏、森下貴斗と大野凌駕の一・二番の連続二塁打で追いつくと、三番・倉持怜央がスクイズを決めて2対1に。その後は先発の両右腕が踏ん張った。船橋の小池拓海は、2回から4回までパーフェクト投球。一方の松山・長野晃也主将は2回裏、自らの好フィールディングで1-4-3の併殺を奪うなど、走者を出しても得点を許さない。1点差の均衡が破れたのは、その長野主将が70球に達した後。4回裏二死無走者から、船橋は九番・若月柊哉が三遊間を破ると、森下と大野も連打で満塁に。そして倉持が押し出しの四球を選ぶと、四番・石黒信匡主将が走者一掃の右中間三塁打など、7対1に。粘る松山は5回表、先頭の網谷幸治(5年)がエンタイトル二塁打、木村仁が四球を選び、八番・武智玲空は遊撃内野安打で無死満塁に。船橋はここで岡本悠人が救援。3者斬りで切り抜けるとその裏、森下の右越え2ランなどで10点目。なお一死三塁で代打・岡田咲玖(5年)の打席中に、試合は90分を超過し、打ち終わりと同時に終了となった。

〇船橋フェニックス・岡本隼人監督「きのうは5発(本塁打)出てるけど、大雑把にならず丁寧にいこう、という話を選手たちに。なかなか追加点が取れなかったなかで、4回裏にキャプテン(石黒)が一気に楽にしてくれましたね」
〇船橋フェニックス・石黒信匡主将(長打2本)「4回裏の打席(3点三塁打)は、前のレオくん(倉持)がフォアボールでつないでくれたので、うれしかったです。よっしゃ、キターッ!!と。今朝まで大きいのを狙っていたんですけど、コーチから『欲張るな!』と言われて、徹底してライナーを打ちにいったのが良かったと思います」
●松山NORTHベースボールクラブ・阿部勇太監督「力の差があるのは分かっていたなかで、エースの長野がよく投げましたし、チームワークで何とか食らいついていけたのも良かったと思います。4回裏からは自力の差が出てしまいましたね」

1回表、松山は阿部の中越え二塁打㊤で、一走の森直輝(ともに5年)が三進㊦。一死後、暴投で森が先制のホームイン


船橋は1回裏、森下㊤と大野㊦の連続二塁打で1対1に


2回裏、守る松山が1-4-3併殺を奪う㊤。船橋の先発・小池㊦は2回から4回まで1人の走者も出さぬ快投


4回裏、船橋は二死満塁で倉持が押し出し四球㊤、続く石黒主将が右中間を破る三塁打㊦で6対1に

―Pickup Hero―
4回まで1安打ピッチ。タレント軍で貴重な役回り

並のチームなら、絶対的なエースになっていたことだろう。専門のスクールで指導も受けているという小池拓海の投球フォームは、基本に忠実で美しい。球速のアベレージは100㎞手前でも、可能性を大いに秘めた右腕である。


そんな背番号18が、全国予選までは4番手5番手だった。また全国出場を決めた後の都知事杯決勝(対用賀ベアーズ)では、先発したものの、一死も奪えずにベンチへ退いていた(=㊦写真)。
信じられないかもしれないが事実。東京の学童野球の上位クラスは、それほどレベルが高いのだ。全国予選を制した船橋フェニックスは、随一のタレント軍団であり、投手陣も駒がそろっている。
「都知事杯の決勝は、アウトが取れなくてとても苦しかったです」と小池。でも、大炎上の経験が、以降の落ち着きぶりの要因だという。
小池がそう打ち明けたのは、全国1回戦の最終回を被安打1の無失点で締めた後だった。決勝まで6連戦を想定している岡本隼人監督は「小池の1イニングが大きかったですね」と語り、続く2回戦は先発のマウンドに送った(=㊦写真)。


小池はこの起用にも、5回1安打1失点の好投で応えてみせた。そして3回戦も先発。いきなり1点は失うも、初回一死から4回まで、打者13人をパーフェクトに抑えた。打線は1回裏に2対1と逆転後、好機をことごとくふいに。それでも流れを堅持できたのは、背番号18の快投があったからに他ならない。

「完投できるかな、というペースでよく投げました。それが4回裏の攻撃(5点)にもつながったと思います」と岡本監督。大会前半戦の3日間で計122球、チームで最も多く投げた18番は控えめに言った。
「チームの勝ちにつなげることができて良かったです。これからもチーム一丸で勝っていきたいです」
―Good Loser―
開催地の王の誇り。V候補にも肉薄の前半戦

46回大会にして初めて、四国が舞台となった「小学生の甲子園」。開催地の愛媛県からは、全国予選の上位4強が出場した。そして1チームが1回戦を突破し、県王者の松山NORTHベースボールクラブは唯一の3回戦進出。いわば、開催地の“最後の砦”となった。

「やはり地元ということで、どこで試合をしても皆さんがたくさん応援してくれて、やっぱりそれが力になりました」
そう話した阿部勇太監督は、2019年に生まれたチームの創設者でもあり、初出場時の2023年は長男の輝主将らを率いて全国1勝をあげている。
2年連続3回目となった今大会は、2回戦から登場。松山市のメイン球場・坊っちゃんスタジアムで、いつきファイターズ(山形)と白熱の1点差ゲームを展開した。
2対1で制することになる、幕切れのプレーはお見事だった。2点のリードが1点となり、なお一死一、二塁のピンチ。先発の長野晃也主将は、すでに70球を投げていた。

マウンドの野津手旭都(=㊤写真)は、投ゴロを捕っての三塁送球で一死(封殺)。さらに一塁転送も、これはワンバウンドで横にも逸れてセーフに。そこでプレーが止まらないのは、いかにも全国レベルである。5-3の送球間に二塁を蹴って三塁へ向かう走者を見逃さなかった一塁手の武智玲空は、即座の転送でタッチアウトに。

松山はセンターライン以外も、一塁手・武智㊤らの守備力と戦術眼が光った。左翼手の網谷(5年)は、ネットを恐れぬガッツプレーも㊦

1-5-3-5の転送で併殺が決まり、ゲームセット。こういうビッグプレーは、複数人が次の次の展開までを読み、準備ができていればこそ。むろん、その域まで連動できるようになるには、相応の練習も経験も必要だろう。また併殺に直接の関与はしていないが、最後の三塁送球に対して、左翼手の5年生・網谷幸治がバックアップに動いているあたりも、主催者提供の試合動画で確認できる。

2回戦では五番・小野蓮青㊤と、5年生の七番・髙木悠希㊦が、それぞれ2安打していた
迎えたこの3回戦は、1対10で敗北。被安打も2ケタに達しており、「大敗」と受け止められても仕方ない。しかし、1点差で折り返すまでの前半戦は、イーブンペースだった。また、敗退後の指揮官からは、一定の手応えと矜持もうかがえた。
「ホームランやヒットを打ったり、速い球を投げるだけが野球じゃないので」(阿部監督)

4回裏、遊撃手の阿部(5年)はレフトへ抜けそうなゴロを捕球して一塁へワンバンスロー㊤、間一髪でアウトに㊦

相手の船橋フェニックスは、前日の2回戦で5本のサク越えアーチを放つなど大勝。1回戦では大型左腕の大野凌駕が121㎞を投じるなど、人々の度肝を抜いていた。だからといって、愛媛のチャンピオンは怯まなかった。攻守で光った三番・遊撃、監督の次男坊の阿部暖(5年)は、こう振り返っている。
「東京の強豪チームとやれることになったのは、うれしかったです。僅差でも大差でも、絶対に勝ってやろうという気持ちでいました」

二塁手の酒井瑛芯㊤らは2回裏に1-4-3併殺を決めた。打ち終わりからの全力走は打球や展開に関係なく、全員に共通していた(写真㊦は長野主将)

先発はオール6年生の船橋は、超大型の重量打線。一方、スタメンに4人の5年生を起用する松山の30番は、「力の差」を戦前から自覚していたという。ただし、その差は必ずしも、勝敗や内容に直結しないのが野球である。
「じゃんけんで負けて先攻になったんですけど、勝っていても先行を取る予定でした。先に点を取ってこっちのぺースに持ってくる。そのミッションはクリアできました」(阿部監督)

1回表に1点を先取(=㊤写真)。三走の生還は、相手バッテリーのミスによるものだったが、四球と阿部の二塁打でチャンスを広げたことから生まれたものだった。
1点リードも、いきなりの連打であっさりと失い、スクイズで勝ち越しも許す。でもそこから、エース兼主将の長野晃也(=㊦写真)が真価を発揮した。1年前の全国舞台でもプレーしていた右腕は、左右高低への投げ分けで重量打線に「あと1本」を許さなかった。

「相手は高身長の子が多いのと、ヒザ下のボールをうまく運ぶ印象がありました。なので、ウチのバッテリーには『内外以外に高めを攻めなさい』という指示をしていました。打たれるのは分かっていたし、『ロング(長打)でなければOKだよ』と。長野がそこはある程度、体現してくれたと思います」(同監督)
大黒柱の10番は、前日の2回戦も先発して71球を投げていた。そして3回戦は、4回裏二死までに75球、強力打線をヒット4本の2点に抑える粘投だった。

「長野が限界を迎えて、万策が尽きた感じ」と、阿部監督は相手に脱帽しつつも、選手たちをこう労った。
「粘って食らいついていこうという気持ちは、最後まで見せてくれたと思います」
1対7と大きく突き放された後も、一塁側の松山ベンチに弛緩したムードはなかった。そして5回表に、網谷の中越えエンタイトル二塁打から満塁まで好機を広げ、相手投手をベンチへ退けた。

反撃はそれ以上は叶わず、時間切れで敗れたものの、4年時から全国でプレーしている下級生の阿部は、頼もしいコメントを残している。
「今年は3回戦で強豪チームに負けてしまいましたけど、自分たちの代になる来年も全国予選で優勝して、どういうチームでも勝てるようにしたいです」
2027年度も、舞台はここ愛媛。決勝はおそらく、同じく坊っちゃんスタジアムだ。ふた回り成長した、阿部らの勇姿がそこで見られるかもしれない。
